HOME転職・仕事借金映画雑記恋愛過去

電車の扉に挟まれても大丈夫という安心はどこからくるのだろうか。

スポンサーリンク

 

 どうも、なっつです。

 

 会社の帰りの出来事ーーこの記事を書いているついさっきの出来事だ。

 

 ちょうど改札を通る時、目の前で乗りたい電車が発車しそうになっていたので急いで乗った。

 

 「あっぶねえ〜!」

 

 そう思って、閉まる扉を見ていると猛ダッシュしてくる男性ーー僕は、手がギリギリ入るくらいまで閉まった扉を見て、「残念でした〜」と心の中で笑った。

 

 ガシッ!!!!!

 

 信じられない光景を見た。

 

 猛ダッシュしてきた男性は、ギリギリ手が入るスペースに手を突っ込んでいた。

 

 いやいや(笑)流石にやり過ぎだろ((((;゚Д゚)))))))

 

 手を突っ込んだおかげで扉が開き、その男性は電車の中に入ってくる。今度こそ扉は閉まろうとする。

 しかし、また猛ダッシュしてきた男性が閉まりかける扉にわざと挟まる。

 

 その後、わざと挟まって2人電車の中に入ってきた。

 

 あれ?ここ駅だよな?

 動物園じゃないよな?

 

 僕は自分のいる場所がよく分からなくなった。

 

 面白いことにわざと挟まれる人は、当たり前のように挟まれて「さぁ、挟まれているのだから扉開けなさいよ」 と扉を開けてくれるのが当たり前だと思っている顔をしていた。

 

 僕はその顔面を見て思ったーー運転手が「人が挟まれたら、扉をまた開ますよー」だなんて言ったわけでもないのに、どこからその安心して扉に挟まれることができるんだろう。

 挟まれていること気付かないで、そのまま走ってしまう可能性もあるのにーー運転手だって人間なのだから。

 

 それで、「わざとだとしても人が挟まった時、扉を開けるのが常識だろ!」と言うのであれば...

「扉が閉まりかけた時、危険を犯して乗ろうとしないのも常識 」ではないのだろうか?